空き家を売却しようとした際、隣地との境界を越えて建物の一部やブロック塀、樹木の枝などが越境していることが発覚するケースは少なくありません。特に築年数の古い住宅では、当時の測量精度の問題や、増改築を繰り返した結果として越境が生じていることが多く、売却活動を進める中で初めて発覚することもあります。本記事では、空き家売却において越境物が見つかった場合の対応方法、是正にかかる費用相場、そして越境覚書の作成方法まで、実務的な観点から詳しく解説します。
空き家売却における「越境物」とは何か
越境物とは、本来の敷地境界線を越えて隣地に張り出している建築物や工作物、樹木などを指します。具体的には、屋根の軒先やひさしが隣地上空にはみ出している「軒先越境」、ブロック塀や擁壁の基礎部分が境界線を越えている「構造物越境」、庭木の枝や根が隣地に伸びている「樹木越境」、給排水管が隣地の地下を通っている「配管越境」などが代表的です。逆に、隣地の構造物がこちらの敷地に越境してきている「被越境」のケースもあり、売主としてはどちらの立場になっているかを正確に把握する必要があります。
越境が発生する原因はさまざまですが、古い住宅地では明治・大正期からの慣習的な境界認識が現在の測量結果と一致していないことが多く、また昭和期に建てられた建物では境界線ぎりぎりに建築されているケースが一般的でした。当時は隣人同士の口約束で「お互い様」として黙認されてきた越境も、売却時には買主にとって重大な懸念材料となります。買主は住宅ローンを利用する際に金融機関から境界確定を求められることが多く、越境物が未解決のままでは融資審査に影響する可能性があるため、早期の調査と対応が欠かせません。
越境の有無を確認する最も確実な方法は、確定測量図を取得することです。既に測量図がある場合はそれを確認し、ない場合は土地家屋調査士に依頼して確定測量を実施します。測量費用は敷地の形状や隣接地の数にもよりますが、一般的な戸建て住宅で35万円〜80万円程度が相場です。測量の結果、越境が発覚した場合は、次のステップとして隣地所有者との協議に進むことになります。
越境物を放置して売却するリスク
越境物を解決しないまま売却を進めると、複数のリスクが生じます。まず第一に、契約不適合責任のリスクです。売買契約後に買主が越境の事実を知った場合、「知っていれば購入しなかった」あるいは「価格交渉の材料にしたかった」として、契約解除や損害賠償を求められる可能性があります。特に越境の事実を売主が知っていながら告知しなかった場合は、悪質な告知義務違反として大きなトラブルに発展しかねません。
第二に、買主の住宅ローン審査への影響です。金融機関は担保評価の観点から境界確定や越境の有無を重視するため、越境物が未解決の場合は融資が下りない、あるいは融資額が減額されるケースがあります。これにより、せっかく成約に至った取引が白紙に戻ってしまうこともあります。
第三に、価格への影響です。越境物がある物件は、買主にとって将来的なトラブルリスクを抱えることになるため、市場価値が下がる傾向にあります。不動産会社の査定でも、越境の有無は減額要因として考慮されることが多く、未解決のまま放置すると10%〜20%程度の価格減額を提示されるケースも珍しくありません。
第四に、仲介会社によっては越境物が未解決の物件の取り扱いを敬遠する場合もあります。特に大手仲介会社では、後々のクレームやトラブルを避けるため、越境問題が解決していない物件については媒介契約自体を渋られることもあります。このように、越境物を放置したまま売却を進めることは、契約トラブル、融資否認、価格下落、媒介拒否といった多方面のリスクを招くため、早期発見と早期対応が売却成功の鍵となります。
越境物がある場合の調査方法と是正の流れ
調査の進め方
越境の有無を確認するには、まず現況測量を実施し、境界標の位置と実際の構造物の位置関係を図面上で照合します。この段階で軒先や塀の越境が発見された場合、越境の程度をミリ単位で記録し、写真とともに資料化しておくことが重要です。調査にかかる期間は、隣地所有者への立会依頼も含めて1ヶ月〜2ヶ月程度が目安となります。
是正の選択肢
越境が発覚した場合の対応方法は大きく分けて三つあります。一つ目は物理的な是正で、越境部分を撤去・修正する方法です。例えば軒先の切除やブロック塀の解体・再設置などが該当し、費用は越境の規模によって10万円〜100万円程度と幅があります。二つ目は越境を残したまま「越境覚書」を締結する方法で、隣地所有者との間で越境の事実を認めた上で、将来的な建て替え時には是正することを約束する書面を交わします。三つ目は境界確定を先に行い、その上で買主に越境の事実と対応方針を明示して売却する方法です。
越境覚書の作成方法
実務上、最も多く採用されるのが越境覚書の作成です。越境覚書には、越境の内容(位置・範囲・構造物の種類)、越境を容認する期間や条件、将来の建て替え時における是正義務、覚書の効力が土地の所有権移転後も承継される旨などを明記します。作成は司法書士や土地家屋調査士に依頼するケースが多く、費用相場は5万円〜15万円程度です。覚書は隣地所有者との合意が前提となるため、日頃から良好な近隣関係を築いておくことが円滑な締結につながります。合意が得られない場合は、弁護士を交えた協議や、最終的には調停・訴訟に発展する可能性もあるため、早めの相談が望ましいでしょう。
実際にあった事例
築45年の木造戸建てを相続したAさんは、売却活動を始めるにあたり不動産会社の勧めで確定測量を実施しました。その結果、隣家のブロック塀の基礎部分が約8cmAさんの敷地に越境していることが判明しました。隣家は昭和50年代に建てられたもので、当時の境界認識のズレが原因と考えられました。
Aさんはまず隣地所有者に事情を説明し、越境の事実を共有した上で対応を協議しました。隣家側はすぐにブロック塀を解体・再設置する費用負担が難しいとのことだったため、双方で話し合い、越境覚書を締結する方針でまとまりました。覚書には「現状の越境を容認するが、将来隣家がブロック塀を建て替える際には境界線内に収める」旨を明記し、双方の署名捺印を行いました。作成には土地家屋調査士と行政書士に依頼し、費用は合計で約8万円かかりました。
この覚書を売買契約時に買主へ開示したところ、買主は越境の事実と将来的な解決見込みを理解した上で購入を決断しました。結果として、当初の査定額から大きな減額をされることなく、市場相場に近い価格で売却が成立しました。Aさんのケースは、越境問題を隠さずに開示し、書面で解決の道筋を示したことが、スムーズな取引につながった好例といえます。
よくある質問
Q1. 越境物があると必ず売却できないのでしょうか?
A. 必ずしも売却不可能というわけではありません。越境の事実を正直に開示し、越境覚書などで将来の解決方針を明確にしておけば、買主の理解を得て取引を進められるケースは多くあります。むしろ問題は、越境の事実を隠したまま売却してしまうことにあります。
Q2. 越境覚書があれば買主に告知しなくても良いのでしょうか?
A. いいえ、越境覚書があっても告知義務は免除されません。むしろ覚書の内容を含めて買主に正確に説明することで、契約不適合責任のリスクを回避できます。重要事項説明書にも越境の事実と覚書の存在を明記するのが一般的です。
Q3. 隣地所有者が覚書の締結に応じてくれない場合はどうすれば良いですか?
A. まずは丁寧な説明と時間をかけた交渉が基本ですが、それでも合意に至らない場合は、弁護士や土地家屋調査士に間に入ってもらい、境界確定の専門的な立場から説明してもらう方法が有効です。それでも解決しない場合、越境の事実を開示した上で価格を調整して売却する、あるいは筆界特定制度や調停を利用するという選択肢もあります。
まとめ
- 越境物には軒先・塀・樹木・配管などさまざまな種類があり、確定測量で正確に確認する必要がある
- 越境物を放置すると契約不適合責任、融資否認、価格下落、媒介拒否などのリスクが生じる
- 是正方法は「物理的撤去」「越境覚書の締結」「境界確定の上での開示売却」の三つが基本
- 越境覚書の作成費用は5万円〜15万円程度、確定測量は35万円〜80万円程度が目安
- 越境の事実は隠さず買主に開示し、覚書などの解決策とともに説明することが円滑な売却につながる
- 隣地所有者との良好な関係構築が、覚書締結や是正交渉をスムーズに進める鍵となる


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